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大阪高等裁判所 平成7年(う)97号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人若松芳也作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

論旨は、要するに、被告人は、本件けん銃と実包をA及びBと共同所持していたに過ぎず、このような形態の所持は、平成五年法律第六六号銃砲刀剣類所持等取締法及び武器等製造法の一部を改正する法律による改正後の銃砲刀剣類所持等取締法(以下、単に「銃刀法」という。)三一条の二第二項にいう適合実包と共にするけん銃の保管にも携帯にも該当しないのに、被告人につき、適合実包と共にけん銃を保管したと認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というものと解される。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討すると、本件けん銃及び実包の所持の経過及び状況は、原判決が、「予備的訴因を認定した理由」と題する項の二で認定説示するとおりであり、要するに、被告人は、昭和六三年ころ、実包が装てんされた状態で入手した本件けん銃を、そのままの状態で、当時の自宅の便所の天井裏に、平成三年に現住所に引つ越した後は、原判示の自宅兼事務所内の机の引出しに入れて隠匿所持していたが、平成六年三月一四日の午後五時ころ、同事務所内でこれを取り出して手にしていたところ、従業員のAが来たため、とりあえずこれを同事務所の応接セットテーブル横のマガジンラックに入れて隠し、同人や後に呼び寄せたBらと飲酒していたが、そのうちAが右マガジンラックからけん銃を取り出したので、被告人は、それを取り上げて実包を抜き取り、テーブルの上に置いていると、AやBらが、これを手に取るなどし、その後、被告人がけん銃に実包を装てんして再びテーブルの上に置いていたところ、Aが本件けん銃を手にして自分の頭に当て、発射させて自殺した、以上の事実が認められる。

一方、記録によれば、本件は、当初、被告人が、平成六年三月一四日、本件けん銃を適合実包一発と共に「携帯」したとして起訴されたものであるところ、検察官は、原審第四回公判において、「保管」を予備的訴因として追加し、その日時について、「平成六年三月一四日にAが発砲するまでの被告人のけん銃所持形態を訴因としてとらえたものである」旨釈明したことが明らかである。

ところで、銃刀法三一条の二第二項は、けん銃等の不法所持のなかでも、当該けん銃等に適合する実包等と共にけん銃等を携帯、運搬、保管する行為は、けん銃等だけを所持する行為に比べて社会的危険性が一段と高いことにかんがみ、これらの行為を特に重く処罰するものであり、「携帯」とは、所持の一態様であつて、いつでも使用できる状態で自己の身辺に置くこと、「保管」とは、物を自己の勢力範囲内に保持することをいい、「携帯」にも「運搬」にも当たらない態様の所持は、通常、「保管」に該当すると解される。

そこで、本件けん銃及び適合実包の所持の形態について検討すると、被告人が、原判示の事務所内で、実包一発を装てんしたけん銃を机の引出しから取り出して手に取つていた時点以後は、一時的に実包をけん銃から取り出し、けん銃と実包を応接テーブルの上に並べていた時点を含め、被告人が着席していた応接テーブルのすぐ横のマガジンラックの中や右テーブルの上にこれらを置いていたのであり、何人もが容易に発砲できる状態でけん銃を適合実包と共に身辺に置いていたといわざるを得ず、このような態様の所持は、むしろ「携帯」に該当するというべきであるから、予備的訴因の「保管」のみを認定した原判決には、法令適用の誤りがある。しかし、本件公訴事実は、平成六年三月一四日の被告人のけん銃及び適合実包の所持形態を訴因とするものであるところ、被告人が、実包が装てんされたけん銃を机の引出しに入れておいた時点までの所持が同条項の「保管」に該当することが明らかであり、右のけん銃及び適合実包の「保管」並びにこれに続く「携帯」は、同じ日内の同一室内での所持の形態の違いに過ぎず、本来、「保管」と「携帯」の包括一罪と解されるものであるから、原判決の右の誤りは、判決に影響を及ぼさない。

以上のとおり、被告人の原判示の日時、場所での本件けん銃の適合実包と共にする所持は、銃刀法三一条の二第二項にいう「保管」及び「携帯」に該当するものであるから、そのいずれにも該当しないとする所論は独自の見解であり、採用できない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二(量刑不当の主張)について

論旨は、被告人に対し、刑の執行を猶予されたい、というのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ検討すると、本件は、適合実包一発と共にけん銃一丁を保管したという事案であるが、けん銃は人の殺傷を目的とした極めて危険性の高い凶器であり、これを適合実包と共に保管することは、特に社会的危険性の高い行為であるというべきところ、被告人は、本件けん銃及び実包を入手した当時から逮捕される直前に至るまで暴力団に所属していたものであること、被告人は、本件けん銃を、人目に付く可能性のある建築事務所内で安易に机の引出しから取り出して手に持つていたもので、このことから、被告人の予期していなかつたこととはいえ、前記Aが自殺する事態を招来する結果となつていること、Aが自殺した後も、本件けん銃は、同人が持参してきたものであるなどと、ことさら虚偽の事実を申し立てていたことなどに徴すると、被告人の刑責には重いものがあるといわざるを得ない。

そうすると、本件けん銃に適合する実包は一発だけであつて、被告人は、本件けん銃を悪用することまでは考えていなかつたこと、被告人は、本件直前には、暴力団を離脱する決意を固めて組長の承諾も得、本件けん銃の処分に悩んでいたこと、暴力団に籍を置く傍ら正業の建築業にも励み、それなりの経営実績も上げていたこと、被告人の前科は、一〇年以上前の傷害による罰金前科のみであることのほか、被告人の家族及び事業の状況、健康状態等、所論指摘の諸事情を十分しんしやくしても、酌量減軽をした上、被告人を懲役二年六月に処し、刑の執行を猶予しなかつた原判決の量刑が、重過ぎて不当であるとまでは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 朝岡智幸 裁判官 菅納一郎 裁判官 笹野明義)

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